まいにちいろいろ

秘境で暮らす私の、てづくりとまいにちいろいろ。

廃屋

小学校がひとつに統合して半月。

新しい学校の方はいいですが、廃校になった、誰もいない学校、
というのは寂しいものがありますね。
中が暗い校舎を眺めていると、たった半月なのに、もう何年も
廃校になっているように思えてきます。

子供の声のしない学校は寂しいです。

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うちの校区の場合は小学校と保育所が同じ場所にあるので、
子供たちを保育所へ送っていくときに小学校の中を通っていくわけです。

きれいに植えられたプランターの花たちを見ながら保育所に上がって
いけるんですね、今のところは。

でも今年の9月には保育所も合併、このお花を見る人もお世話をする人も
いなくなるのでしょうね。

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祖谷に来てすぐのころ、ある廃屋に五右衛門風呂をもらいに
いったことがあります。

その家の持ち主から了解をもらって、取りに行ったのですが、その時
私は廃屋を見るのも初めてで、すごいショックを受けました。

茅葺きの屋根は、半分崩れ落ちて、家の中が丸見えでした。

びっくりしたのは、家の中がすごく散らかっていたということです。

私だったら、ですが、もし家を引っ越すことになったら、いくら後に住む人が
いなくてもそれなりにきれいに整えて出ていくと思うのですが、
その家は本当についさっきまで、ここで人が生活していた、という感じだったのです。

ハンガーにかけられた、白い肌着が干したままでした。

この家の人はどんな風にここを出て行ったんだろう・・。
洗濯物すら干したまま、ということは、いずれ戻ってくるつもり
だったんだろうか・・。

それとも新しい場所での生活に胸躍らせて、厳しい山での生活など
忘れたかった・・・?

まだ道路も車もなかった時代に出て行ったのかもしれませんね。
だから身の回りのものだけ背負って、歩いて行ったのかも。

祖谷から都会へ出ていく、という動きは私が思ったよりずっと昔から
あったようです。この前テレビで白黒の映像でそれをみました。

暗い家の中に浮かび上がって見えた、白い肌着。
あの光景は忘れられません。
それだけ物悲しい感じがしたのです。

「家」は人がいなかったらすぐダメになるっていうけど本当ですね、
空気が違います。

やっぱり「過疎」は止まらないのでしょうか・・・?

*私も気にはなるのですが、写真を撮れるほど、たくさんの場所を知らない廃屋。
道後のMさんはいつも廃屋をたくさん撮っています。
http://blog.goo.ne.jp/


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[ 2012/04/21 22:52 ] 思うこと・小話 | TB(0) | CM(0)
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